ブログの理念と著者プロフィール

初めまして、アダチと申します。

 

僕は、現在インターネットを使って
ブログやSNSなど、
ネット上での執筆業・情報発信をメインに活動しています。

 

元々はFラン大学→手取り14万円の元土木作業員だったのですが
2011年(27歳)に中古カメラに特化した転売ビジネスに出会い

そこからアフィリエイト・独自コンテンツ販売・webコンサルティング事業に取り組み
今では会社を持てるようになりました。

 

今僕は36才になりますから、独立して9年目になります。
そして、今は法人化(現在4期目)することもできました。

 

たったひとりの会社ながら、
マンション1室で毎年売上6000万円(年収1000万円)を
9年間継続して稼ぎ続けています。

 

海外の留学経験もあり(実際はサラリーマンからの現実逃避)
行き先はオーストラリアでした。

そこでの経験は一生の思い出で
イタリア人と一緒にレンタカーを借りて、オーストラリアの
東部を回ったこと。

見ず知らずの韓国人とルームシェアして、
毎日ワインを飲みながらトランプゲームしたこと。

英語もまとも話せないのに、チャリティー販売の
飛び込み営業したこと。

今考えると、無謀な挑戦をしたけど、20代で
留学したことは良い体験をしたなと思う。

 

帰国後は、インターネット物販に出会い、
1年で月利100万円を達成。

 

その後は、SNS、メールマガジンを使って
「依存度の少ない経済的に自立した人生」を提案するために
ネットで発信しています。

 

今では、悠々自適にマンション1室で
パソコンをカタカタさせながら

好きな時に起きて、好きな時に仕事をして
誰にも指示されることなく
自分の生きたいように生きて

ストレスのない生活を送っています。

 

具体的に「アダチ」の日常や今までの実績等を
箇条書きで書いていきますね。

 

  • 最高月収180万円 ビジネス開始1年で月収100万円突破
  • 9年間年収1000万以上を継続
  • コンテンツ販売で月収30万達成
  • コンサル生を20名以上指導(成功者多数)
  • メルマガを使ったコンテンツビジネスで自動収益化に成功する
  • 人を雇わずにマンション1室で一人起業で悠々自適に生きている
  • 月10冊以上読書して知識を深める、勉強するのが楽しい
  • ビジネスが趣味なのでいつも、ビジネスのことを考えていてワクワクしている
  • 転職経験1回(塗料メーカー営業マン→土木作業員→ネットビジネス)転職経験から雇われずに生きることを選ぶ
  • 体のメンテナンスのためジムは週3回通って筋トレと有酸素運動して己を磨く
  • 静岡県生まれ静岡育ちの温厚野郎

 

こんな感じで、僕の自己紹介になります。

 

僕は、23歳から土木作業員として働いていたのですが
毎日の上司からの罵詈雑言で精神的に病み、
憂鬱で、腹痛に耐えながら会社通勤する毎日でした。

 

終いには、お尻から血が出る始末。。
今考えるとストレスからくるものでした。

 

自分にとって会社員生活は、辛い経験しかなかったので、
絶対に雇われたくないと
留学帰国後は起業をしようと思っていました。

 

ただ、起業っていうと
人を雇ったりとか、オフィスと構えたりとか
それなりのリスクがあると思っていたんですね。

 

ただ、偶然目にした
「インターネットビジネス」という言葉。

「誰でも簡単に稼げる」
「初心者でも手軽に稼げる」
「ネットの知識は関係ない」
「パソコン1台で起業ができる」

と今考えると超怪しい謳い文句ですが
当時の無知なアダチは「これしかない!」

と奮起してネットビジネスに参入しました。

 

今でこそ、刺激的で楽しい毎日を送っていますが
当時の僕は、

・貯金は30万程度しかない
・ネットの知識はほぼ皆無、パソコンも持っていなかった
・ただの月収15万程度テレアポのフリーターだったので人脈もない
・家賃3万円の格安アパートに住む
・物覚えが悪い、人前だと緊張する

一般的に見れば、他人より能力的には劣っていました。

 

こんな自分でも本当にできるのかな??

ワードプレス??せどり??

Twitterって何を呟けばいいの?

 

出てくる用語が知らないことばかりで
ちんぷんかんぷんで

「だいじょうぶかな??」
「詐欺じゃないの?」

と一瞬戸惑いましたが、

「これしかない!!」
「とにかく雇われたくない」
「これで成功してやる!」

一心で作業を続けました。

 

無我夢中で行動した結果、今では経済的に自立して、
昔、自分が思い描いた理想の生活ができています。

 

会社を作ったといっても、社員は自分一人だけ、
パソコン1台あれば仕事が完結するので
毎日、気楽に自分のペースで生活できています。

 

まさかこんな自分が会社を作って社長になるなんて
予想もしていなかったのですが人生わからないものですね。

 

ただ、正しいノウハウを学んで行動すれば
誰でも成功できるのがネットビジネスの最大のメリットです。

 

当ブログのコンセプトは、

「スキルを付けて、依存度をなくし、経済的に自立すること」

を掲げて発信しています。

 

土木作業員時代の過去の自分がもし「自分で稼ぐスキル」を持っていれば
会社に依存することもなく、毎日、苦痛に耐える必要もありませんでした。

それだけ、お金を稼ぐスキルって大事なんですね。

 

「稼ぐスキル」を手に入れれば、
自分でお金を生み出すことができます。

自分でお金を稼げるようになれば、
依存度が低くなり、精神的にも自由になれます。

だからこそ「稼ぐスキル」を付けることは、
金銭的、精神的にも自由になれる勇逸の手段なのです。

 

 
しかも、僕が謳っている「稼ぐスキル」は
インターネットを生かしたスキルなので
人を雇うことなく、リスクを極限まで減らして稼ぐことが可能です。
 
 
 
だから、誰でも挑戦することができる。
 
 
 
お金を自分で稼ぐことができれば、
何かに依存することなく生活ができ
心に安定をもたらし、平穏な生活を送ることができます。
 
 
 
時間にも精神的にもゆとりができるので
他人に優しくなれるし、自分の体をいたわるようになり
ジムに行って、体をメンテンスして健康で若々しくいられます。
 
 
 
僕が知ってる起業家さんも皆さん、アグレッブで人生を楽しみ、
何より見た目が若々しい。
 
 
 
当ブログで出会った方には、この世の中には
希望や明るい可能性がある世界があることを伝えたい。
 
 
 
また、自分が経験して、役に立ったことや
すごい人とあった話や良い本があれば紹介をして
人生が豊かになる方法を共有できればと思っています。
 
 
 
以上が、当ブログの理念になります。
 

このブログを読んで頂く上で、
私の過去の経歴を共有しておくと、
よりブログの内容を理解しやすくなると思います。

 

なので、私の過去の経歴と、
このブログで目指すものについて共有させてください。

 

どういう道筋を辿っていまの状況になったのかわかると思うので、
サクッと年表を作ってみました。

 

アダチのプロフィール年表

 

幼少期~小学校/中学時代 劣等感だらけの学生時代

 

静岡県磐田市(旧竜洋町)という田舎で
生まれ育ちました。

両親は、どちらも普通の会社員。

幼少から弱虫で何か先生に怒られたり注意されたりすると、
すぐにメソメソして、泣くような気弱な人間でした。

人前になると、緊張して上手く話せなくなったり、
不器用で物覚えが悪かったりと
何をやってもどんくさかった。

そんな自分がイヤで、幼少期から人と比べて、
劣等感を抱くようになりました。

気弱な性格から友達にいじられたりすることも多く
よく笑いのネタにされていました。

馬鹿にされていたという表現の方が正しいでしょう。

 

例えば、入学時に親に散髪してもらった髪型で学校に行ったら
見ず知らずの同級生に指を刺されて、笑われる始末。

嘲笑され「虎刈り=トラ」というあだ名を付けられる。

虎刈りとは↓↓ような髪型

虎刈り=頭髪の刈り方がへたで、虎毛(とらげ)のようにまだらであること。

今考えたら、よくこんな髪型で学校に行ったなあーと思いますが
そこがきっかけで、学校でのあだ名は「トラ」と指を刺される生活が続きました。

当時は思春期まっさかりだったので、笑って過ごしていたけど
内心はかなり傷ついていた・・マジできつかったなあ。

さらに一番つらかったのが、中学の野球部でのできごと。

先輩からの嫌がらせだった。

「おい、アダチしっかりやれよ!」

「あいつ生意気だよな」

「あいつは使い物にならないからいらないよね」

物覚えが悪かったり、不器用で先輩とうまくコミュニケーションが
とれないため、生意気だと目をつけられ

練習中に近距離からいきなりボールを投げられたり、
グローブを隠されたりした。

学校内で挨拶をしても、目も合わせられずに無視される始末。

本当にきつかったなあ。

学校内では「トラ」とあだ名をつけられ、徴収され
部活では先輩にいじめられる。

極度の「あがり症」のため、運動会や野球の試合では
前日から緊張して頻繁にお腹が痛くなるような豆腐メンタル・・・

「なんで俺ってこうなんだろ?」

逃げ場もなくて苦しい毎日。
何もかもがイヤで、学校にいくのが苦痛でしかなかった。

この頃から自分は何かしら人より劣っていると常に
コンプレックスを感じていた。

本来目立ちたがり屋だったけど、不器用で表現の仕方がわからなく
空回りして、葛藤してばかりだった。

いつも俺の人生は、こんなはずではない、
と思っているような少年時代でした。

思春期なのに、こんな劣等感の塊のような人間が、当然女子からモテる訳なく、
バレンタインデーも1個もチョコを貰えず、
義理チョコさえもらえない、冴えない、辛い辛い時代を過ごした。

その頃から、何か人と違うことをやりたい、目立ちたい、
人より多くお金を稼ぎたいと思うようになった。

今考えると、起業したいという原動力は、少年時代の
劣等感から来るものだったと思う。

 

高校生時代〜 一花咲かせたいと野球部に入るも・・・

 

高校時代も、野球部に入部しました。

「あがり症」の僕が、なぜ高校でも野球部に入ったのかというと
まだ諦めきれなかったんです。

僕は、人気者になって、チヤホヤされたかった。

だから、高校でもう一花咲かせたいと
思って野球部に再起をかけました。

しかし、極度の「あがり症」と不器用な性格なため、
試合中になると頭が真っ白になって、打席では足がガクガクして
思った通りの成果が出せずにベンチを温める日が多い日が続きました。

あとは、無駄にプライドが高く、素直になれない性格から
先輩や同期の助言を聞いても、耳を貸さずに
自己流で貫いていた。

今、考えるとそれが原因で力を発揮できなかった要因の
一つだと思う。

もう少し、素直になって、プライドをなくして
助言通りに練習をしていれば
もっと違う結果になったかもしれない。

次第に、試合に出るのがいやになり
試合前日は、憂鬱すぎてお腹が痛くなる始末。

「もう練習に行きたくない」
「試合にはでたくない」
「だけど活躍したい」

自分の気持ちと結果が伴わずに、本当にもどかしい日が
続きました。

野球部の同級生や後輩との関係も悪くなるし、
なに一つ楽しいことなんてない。

こんだけ練習しても、試合になると頭が真っ白になるし
実力を全然発揮できないし、
「どうしたらいいんだー」っと絶望感にさいなまれました。

結局、中高校6年間続けた野球部は、
最後の大会でたった一打席のピッチャーゴロで
終わりを告げました。

その大会では後輩にポジションを取られて
その後輩がメチャクチャ活躍して、試合には勝ったのに
内心苦しかった記憶しかありません。

6年間夢を抱いて頑張ってきたのに、俺の人生ってなんだろ??

前向きに頑張ってきたのに、結局向いてなかったんだな。

あがり症で不器用すぎる僕にとって、
野球という競技は向いてなかったんですね。

6年かかって、向いてないのに気づくのはどんだけ鈍感なんだよって
感じですw それ以来野球はやっていません。

もう野球は、十分やったからいいかなと
大学で遊ぼうかなーっと、とにかく大学入学して
いままでの劣等感を取り払おうと思いました。

 

大学時代 日雇い労働を経験して社会は甘くないと悟る

 

大学入学の目的は、とりあえず遊びたい、モテたい
これだけだった。

とにかく今までの辛い人生や充実しない人生にサヨナラすべく
遊びたいだけの理由で滑り止めで入った某Fラン大学に
入学することになりました。

しかし、予想していたバラ色の大学生活とは違って、
大学の空気に馴染めず、次第に学校生活からは遠ざかるようになりました。

ただ、変わりに空いた時間を使って
アルバイトをしたのは良い経験だったと思う。

Fランの大学生って、充実してないと暇なんですよね。
勉強しなくても、学校に最低限いけば単位も取れちゃうし
長期休暇も以上に長いし。

だから、暇すぎたので
ファミレス、薬局店、ラーメン屋、配送補助、引っ越し、パチンコ屋、、
経験できるアルバイトはなんでもやりました。

中でも印象的だったのが、
ある日雇いの人材派遣の仕事だった。

そこでの体験は衝撃的だった。

多くのホームレスらしきおじさん達と
一緒に混じって働いた。

仕事内容は、精密機械を会社内に運ぶ作業を
繰り返す、ひたすら重労働だった。

人材派遣の日雇いというレッテルを貼られているので
扱いも酷い。

「てめー何やってんだよ」
「早くやれよ!!」

ぼけっとしているとドヤされて、
「なにしとんじゃ殺すぞ!」と胸ぐらを掴まれたこともある。

あの光景を思い出すだけでもぞっとする。

毎日こんなキツイ仕事をやるなんて、
大人になるってしんどいなと思ったと同時に

「自分はこうはなりたくないなー」と
真剣に勉強しようと思った記憶がある。

だから一応、学歴だけども取っておくべきだと
行きたくもない大学に単位をとるだけに行っていた。

大学では、適当に授業を受けて、タイムカードをピッと打つだけで
出席にカウントされる。Fランク大学の極みww

学校での唯一の楽しみは、学食の唐揚げカレーを食べることだけ。

学校が終わったら当時、
ハマっていたスロット「北斗の拳」に全額投資。

特に戦略を練らずに打っていただけなので、
4年間で結局トータル100万円の損を被りました。

僕のバイト代は、全てスロットに消えていったわけです。

いやー、今考えても無駄な4年間を過ごしたなと思う。

薄い経験をしてこなかったので4年間の記憶はあまりない。

バイトして、スロットして溶かして典型的な
ダメなFラン大学生でした。

 

新卒営業マン→魔の土木作業員へ

 

新卒で塗料メーカーに営業職として就職しました。

しかし、あまりにも暇すぎて仕事に面白さを見出せなくなり、
また先輩の給料明細を見た時にあまりにも薄給すぎたので

「このままでは自分の人生摘むかも・・」
と未来に希望を感じなくなり、1年で退職しました。

 

その後は、手に職を付ける仕事をすれば将来安泰なんじゃないかと思い、
「庭師」として造園会社に就職することになりました。

庭師と言っても僕がいた会社は、
土木作業員と変わらないような仕事ばかりでした。

クソ暑い中、一日中草刈りをするだけ、雨の中、泥だらけになって木を植え続けるだけ、
毎日、思考停止してもできるような単純労働ばかりだったんです。

3年間働きましたが、
あれほど長く感じた3年間はなかったでしょう。まさに地獄。。

 

朝6時出勤〜17時退勤と労働条件は、普通でしたが人間関係がクズすぎて
ストレス漬けの毎日でした。当時の写真を見返すと目が死んでいました。

どんな会社かというと

・同僚同士、お互いの悪口を言い合う
・仕事をミスるとすぐ切れる
・理不尽なことで怒鳴られる
・いい年したおっさんが会社の前で胸ぐらを掴み合って喧嘩する

などやばい環境の中で毎日、苦痛に耐えながら過ごしていました。

 

先輩親方から毎日のように

「早くやれや!」「そんなの覚えとけよ!」「真剣にやれよ!」

と言われる始末で、次第にビクビクしながら仕事をするようになりました。

どうしたら、怒られなくなるのだろう?

同期は要領良くやってるのに、俺は本当に不器用で物覚えも悪い。。
できる同期と比較して、またも劣等感を発揮しました。

たまに言い過ぎじゃない?とイラッときて言い返そうと思ったけど、
「言い返しても後味わるいしなー」と踏みとどまる毎日。

朝に通勤時に会社に近くなるにつれて、お腹が痛くなって
終いにはお尻から血が出る始末。

本当にきつかったなあ。

た1年、2年、3年・・とやっていくと
仕事も覚えるようになるにつれて、先輩から信頼されるようになり
怒られることも少なくなってきました。

ただ、会社にいる限り、組織にいる限り一生、自由になれないし何より
給料が安すぎるのがネックだった。

結局、僕は3年で退職する事になるのですが、
どの月も「手取り14万」くらいの給料しかもらえなかったのです。

3年間で一回も昇給なし・・

しかも、ボーナスは年間15万円いくかいかない程度の額。

10年いる会社の先輩もずっと給料が上がらないと愚痴をいってました。

それだったら辞めりゃいいいじゃんと心の中で思ってましたが、
なかなか人間って変化するのが怖いからね。

これじゃ、普通に考えて結婚もできないし、将来的に不安になったので
20代にうちに他の稼ぎ方ないかなーとネットで検索するようになりました。

でも、どれも資金が必要だったり、人を雇う必要性がある
ビジネスばかりで、起業するのも試練だなと感じました。

雇われるのはもう懲り懲りだったので
とりあえず会社を辞めようと3年で退職することにしました。

そして土木作業員の悲惨な経験から、もう「会社に依存する人生はいやだー」と思い
独立起業を強く意識するようになりました。

 

オーストラリアへ留学→「月収200万円稼ぐ22歳起業家」怪しい動画との出会い

 

人間関係に疲れた僕は、「ワーキングホリデー」ビザを利用して
オーストラリアで1年間留学しました。

留学というとカッコいいですが、正しくは現実逃避です。
会社を辞めたいための口実として留学しただけです。

オーストラリアでの1年間は、
忘れない1年になるくらい充実していました。

語学学校での多国籍人との交流やシェア生活、
また海外でのアルバイト生活など色々な経験をしました。

中でも最後にイタリア人と一緒にレンタカーを借りて、
1週間旅行したのは人生で最高の思い出になりました。

お互い英語しかコミュニケーションが取れないので
戸惑った部分もありましたが、
それを補うだけの素晴らしい光景を目にしました。

・湖がピンク色になる「ピンクレイク」を見て感動
・海岸が貝殻ばかりの「シェルビーチ」を見て、あまりの綺麗さに呆気にとられる
・海が超綺麗な「シャークベイ」
・ドライブの道中には普通にカンガルーが歩いている驚愕
・夜空を見ると、今にも落ちてきそうな大きな綺麗な星の大群

会社を辞めて、海外に脱走して本気でよかったなーと思いましたね。

世界には、こんな綺麗な光景があるのか・・・

もっと、早く体験しておけばよかったのに・・・

日本での悩みもちっぽけだったなと忘れるくらいの楽しい経験をしました。

 

↓の写真は旅の道中の写真です。。どこに向かって指をさしているのでしょうか?

今考えると、将来の明るい未来、希望を期待して指さしていたのかもしれません。

海外留学中は帰国したら、日本で何をしようかとずっと悩んでいた。

暗黒の土木作業員時代の経験から、絶対に雇われなくないと思っていたので
どうやって起業しようか、スマホで検索していた。

 

すると、ある動画に出会った。

「起業して月収200万円稼ぐ22歳起業家」

ん?22歳で在宅で月収200万??

家から一歩もでないで一人で200万??

メルマガ1通出すだけで200万円??

どういうこと??

 

なにやらインターネットを使ったビジネスをしているらしい。そこで初めて
「ネットビジネス」という言葉を聞いた。

今、考えるとめっちゃ胡散臭く感じるけど、当時は希望でしかなかった。

そこから夢中になって、留学中は、暇があればイヤフォンを耳に突っ込んで、
「22歳ネット起業家」の動画を聞いていた。

ずっと聞いてたよね。

 

寝る前でも、ホームステイ先で、庭掃除をしている時でも、
耳にイヤフォンを突っ込んでずっと聞いていた。

ネットビジネスのことも段々分かってきた。

自分で稼ぐスキルを身につけ、自立した自由な人生を手に入れるために、

僕がやるべきはネットビジネスだ!

とネットビジネスの世界に飛び込むことにしました。

もうこれで、起業するしかない。

僕は、帰国して「ネットビジネス」で起業することを
決意した。絶対にネットビジネスで成功すると心に決めて。

 

あるメンター(師匠)との出会い 月収30万円を達成して、汚いアパートの一室でガッツポーツする

 

帰国して2012年から、ネットビジネスビジネスを始めました。

始めはネットビジネスの中でも、比較的簡単に稼げると言われている、
中古カメラに特化した「せどり」転売(せどり)に挑戦しました。

初めは独学でやりましたが、結局
師匠にお金を払って教えてもらうことになりました。

師匠から「とにかく100個」売れと言われた私は、
毎日中古カメラ店に仕入れに行きリサーチをしました。

中古カメラ店に行くと圧倒的な量のカメラがあって
毎日リサーチし続けても利益が見つからない毎日・・・

仕入れても、仕入れミスを犯して赤字になったり、
利益がある商品を見つけるのが一苦労でした。

結果として、初月の利益はまさかの赤字10万円・・・

あれほど、やっても赤字なのかと
絶望感を味わった記憶は今でも残っています。

「え??誰でも簡単に稼げるんじゃなかったの?」

「俺が思っていたネットビジネスって詐欺だったの?」

ただ、とにかく稼ぎたい一心だった私は、当時の師匠に
相談して、店舗以外のネット仕入れも挑戦するようになりました。

本当に試せるものは何でもやりました。寝る以外は全てビジネスに注ぎ込みました。

3000円で仕入れたレンズが、15000円で売れた時の衝撃は今でも覚えている。

本当に入金されるのか?詐欺じゃないのか?
後からクレームがこないか?

ビクビクしたけど、普通にお客様から感謝された。

「おいおい、1品売っただけで、利益10000円以上稼いじゃったよ」

今までの価値観が一気に吹っ飛んだ瞬間だった。

おかげで2ヶ月後には月収10万円を達成。
75日で月収30万円を達成することができました。

いままで、手取り14万しか稼いだことない人間が
初めて自分の手で30万円稼いだ経験は、僕の中では感慨深い。

30万円を達成した瞬間は、汚いアパートの一室で
ガッツポーツしたなあ。

ネットビジネスは、こんな劣等感だらけで物覚えも悪い人間でも、
正しい知識を持って、行動さえすればサラリーマン以上のお金を
稼ぐことができる。

土木作業員時代は、ストレスまみれで苦痛に耐えて
手取り14万しかもらえなかったのに
努力次第でいくらでもお金を稼げることに衝撃を受けました。

で、月収30万円を超えたと同時に起業。

ついに1年後には月収100万円を突破。

まさか、自分が月収100万円超えるなんて思ってもみなかったよね。

その後、せどりの情報をネットで発信していたら、教えて欲しいといった声が
多数来るようになりました。

コンサル生との音声・記事はコチラ↓↓

 

コンサル生のRさんから感想をいただきました。

【せどり】コンサル生の「たーてぃーさん」がカメラ転売で月収20万円!

 

ビジネスに出会って過去の劣等感を無くし、自信を取り戻す

 

現在は法人化をして、せどり以外に
アフィリエイト・独自コンテンツ販売・webコンサルティング事業をしながら
誰も雇わずに一人会社を運営しています。

会社といっても、家賃8万円のアパートを借りて
事務所として、ひっそりと一人で活動しているだけですが、
今の生活に満足しています。

基本的に朝起きるのは、自由、寝るのも自由。

職場はパソコン1台あればどこでもできるので、
満員電車や渋滞に巻き込まれることもない。

休日は自分で選べるので最近は、平日に家族でハワイに行ってきました。

僕自身、今では昔描いていた理想の生活を送っていますが
もっと成長したい、スキルをあげたい。

自分でビジネスをやることは、自分の努力、行動量、勉強量が
収入に直結するので、ビジネスが楽しい。

だから今でも教材を購入しては、毎日のように勉強しています。
大人になって勉強するのは楽しい。

勉強したことをネット上にアウトプットすることで
収益に直結するので、勉強ってこんなに夢中にさせてくれるんだと
大人になって気付きました。

今では、ビジネスが趣味だし、夢中にさせてくれます。
1日中仕事のことを考えてるけど全然飽きないし、むしろワクワクする。

気がついたら、
僕の中での過去の劣等感は消え去っていました。

今は自分で起業をして、スキルを付けて、稼ぎ続けてきた経験から
自分に自信がついたし、何より人生が楽しい。

 

と、ザックリと僕の過去を書きました。

 

プロフィールにも書いている通り、僕はもともと自分に劣等感があり、
物覚えも悪く、不器用な人間でした。

学生時代はモテない、努力しても報われない、自信がない。

なのに、プライドだけ高く、素直になれずに人の話を聞かない人間でした。

自分は何の特技もない凡人です。
大学卒でもここでは言えないようなFランク大学です。

それでもコツコツと正しいノウハウを実践して継続すれば、
人生は変えることができることを実証することができました。

 

スキルを付けて、依存度をなくし、経済的に自立すること

 

もちろんお金を稼ぐことは重要です。

ただ自分個人としては、多くのお金を稼ぐよりも精神的に安定した生活を
送ることの方が重要だと思います。

なぜそう思ったのかと言うと、僕もネット業界に長い間いますが、
いくら大金を稼いでも精神的に不安定な人が多いんですよね。

仮想通貨ブームで詐欺的な商材を売って、大金を稼いだのは良いけどクレームの嵐で、
しまいには逮捕される人や、

グレーゾーンな事をやってお金を稼いでも精神面で病む人を見てきました。

そういう人って目が死んでます。

いくらお金を稼いでも、精神的に満たされなければ幸せになれないですよね。

だからこそ、お金を稼ぐのは第一ですが、
稼ぎ方を間違えると不幸になるということを伝えたい。

昔の僕もそうですが、一般社会でも、
目が死んでいる人が多すぎるということ。

今のご時世いくら頑張っても給料が上がらない、
上司からのストレスで憂鬱な気持ちになるのも分かります。

私自身も、土木作業員時代は仕事中はいつも目が死んでいました。

人生で一番力のある20代の時に死んだ目をしながら生きていました。

顔はヒゲだらけ、汚い格好で、疲れ切った顔をしていて・・。

今考えると、あの時の時間を返して欲しいなあってと思います。
ただ時間は戻りません。

あの時、「稼ぐスキル」を持っていれば、充実した20代を過ごせたのになあ
と多少後悔しています。

僕自身、堕落した辛い人生を変えることが出来たのが
「ネットビジネス」のおかげです。

なので私が変わる事ができた「ネットビジネス」を広めて、
会社だけの収入依存度を減らし、精神的に安定して、自立して、
自由な幸せな人生を送る人を増やしたいという理念を持って発信しています。

他人に人生を委ねずに
カッコ良い人間になりたいと思ったのも
起業のきっかけの一つです。

その為にもお金を自分で稼ぐのは当たり前だと思っています。
たいていの悩みは、お金さえあれば、解決することばかりです。

お金が全てとは言いませんが、
お金は精神的な安定と幸福度をもたらします。

どうせ一度の人生だから、カッコよく生きたい。

その為には依存度を減らし
自分でお金を稼ぐスキルがあれば
理想の自分に近づくことができます。

だから、まずはお金の悩みを解決するのが一番です。

正しいノウハウで行動を継続するだけで、
ご飯を食べるのに困らないくらいのお金は稼げます。

しかもネットの独立起業は、
パソコン1台とサーバー程度しかかかりません。

固定費がかからないので
失敗しても再起不能になることはありません。

起業で大成功を納めるために、
僕が案内人として機能したいと思ってます。

再度、おさらいすると当ブログの理念は

「スキルを付けて、依存度をなくし、経済的に自立すること」

僕の理念です。

ブログは日記に近いものなのですが、
メルマガではもっと実践的な内容を話しています。

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僕は一人社長として
カメラ転売と情報発信で生計を立てています。一応、独立して10年、法人化して4年になります。

こうやって書くと、僕にはもともと才能があったとか、
運がよかったとか言われますが、
もともとは人見知りで友達は少なく、凡人以下の人間でした。

最終職歴も、手取り14万円の土木作業員でしたから。

土木作業員時代は、夢も希望もなく、
魚の死んだような目をして毎日生きていましたが

勇気を出してビジネスを始めると、
短期間で人生が180度好転したのです。

しかも、知識も人脈もない状態でビジネスに取り組んだ結果
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僕の経歴はこちらをご覧ください↓↓

 

 

 

お読みいただきありがとうございました。

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